Siamo andate in ospedale!
ブラーノ島からの帰り、目星をつけていたチョコレートショップでお土産のチョコレートを買って(もちろん叔母のも)、いろいろとショップ巡りをしたり、ヴェネツィアングラスの小さな動物の置物を買いたがった母に「日は長いんだから、また出直してくればいいじゃん!まずは叔母ちゃんの様子を見なきゃ」と言い含めてホテルの部屋に戻ったのです。
しかし、やっぱり買いたいものは、その時に買っとかなければダメ!という言葉を再確認しました。
なんと、昼に連絡した時は大丈夫そうと言っていた叔母が気弱な声で「やっぱり、だめそう〜。熱も上がってきたみたいだし、喉も痛いの。私このまま、ここでだめになるのかしら〜?」なんて・・・。(んなワケないじゃんっ!どう見たって)何とか元気づけようと「いや〜顔色は良いし熱もなさそうよ。寝てないから気もいらいらっとするんじゃないの?」といっても本人はすっかり病人モード。
「じゃ、精神安定剤薬局で買ってきてくれる?」
「あ〜、こっちの薬局じゃ処方箋もないのに簡単に精神安定剤は出してくれないと思うよ・・・」
「何か血圧がどんどん上がって来てる気がする。日本じゃ薬局で簡単な血圧計みたいなの売ってるから買って来てくれる?」
「んん〜・・・こっちじゃそんなの売ってないんじゃないかな(日本じゃないし)・・・?」
ここが人間として試されているところだ!がんばれ!私。
励ましつつ、なだめつつ、添乗員さんにも戻ってもらって説得をし続けて、
「看てもらって何かあったら私だけフィレンツェに行けなくなったりしたら・・・」
「今ここで看てもらって何でもなかったらひと安心だし、何かあったとしても早く手が打てるじゃない?」
で・・・すったもんだで、やっとホテルのホームドクターに診てもらう事になりました。
ところが夕方は一般診療の時間だから、夜になるまで待つか、クリニックまで来てくれとの返事。けっきょく歩けそうなのでクリニックまで行く事に。(見た目何でもなさそうだけど・・・精神的に参ってるのかな?)

日本に限らず医院は込んでるもので、このクリニックもたくさんの人が待っていて、これは順番が回ってきたら何時だよ・・・と思っていましたが、地元の親切なオバちゃんがツーリストの急患だと察して、自分の順番もあるだろうに先生に掛け合ってくれ、待ってる人をすっ飛ばかして看てもらえました。こういうところはイタリアのオバちゃん親切だ!イタリアはコネ社会だそうだから、このおばちゃんも先生にコネがあったのかも?・・・なんにしてもGrazie Mille!
結局、先生の診断は別に風邪も引いていないし、血圧もそれほど心配ない、熱もない(やっぱり?)でも山ほど持って行っていた薬の中に狭心症の薬(本人も知らなかったってどうなのよ?)があったので、それが心配だから一応、総合病院に行ってくれって言われました。
一難去ってまた一難。フォンダメンテ・ヌォーヴェのとなりのオスペダーレ(まさに病院の意味)っていうフェルマータのそばに島で一つっきりの総合病院の急患外来に行きました。
まさかに添乗員さんにお任せして放っておけるはずもなく、一緒について行きましたよ。そこでまた血圧やら心電図やらの検査をして(それは割と早く終わったけど)、ここもひっきりなしに子供や若者、じーさん、ばーさん、果ては酔っぱらい(常習みたい)まで来るので、最終の診断結果を聞くのにエライ時間がかかりました。検査終わった段階で添乗員さんの話からすると何でもなさそうだったけどね。気がつけば、もう夜の8時半になっていて、叔母も添乗員さんも、いつになるか分からないから、とりあえずホテルに帰って食事してくれとの事だったので、そうする事にしました。

帰る道すがら、母はず〜っと「ヴェネツィアングラスの置物買いたかったのにぃ〜・・・かわいいTシャツも見たかったのにぃ〜」と泣き言、恨み言。もう、時すでに遅し。ショップは閉まってます。これ帰るまで、いや帰国してから今も言ってます。いやはや、母にとっては最後の海外旅行だったのですから・・・。
ホテルに戻ったら、もう9時だったので、年寄りの母をこれ以上歩かせるわけにはいかず、行こうと思ってたトラットリアは諦めました。ちょうどレストランにMATTEOがいたので、ここで食事しても良い?と聞いたら、もちろんOKだったので手近で済ませる事に。でも結局ごちそうになっちゃいました。気を遣わせてしまうから外で食べたかったんだけどね。
食事を終えて戻ったら叔母も戻っていて、添乗員さんの説明を聞くと、やっぱり熱もなく風邪でもなく、狭心症の薬が引っかかってたけど心筋梗塞の疑いもなし。少し血圧は高いけど気にするほどの事でもなし、喉の痛いのは放っておきなさいとの診断。要するに(新型インフルエンザを気にしすぎる余りの?)寝不足とストレスって事でした。(やっぱり・・・)病気を自分で作ってったんだね。
それにしても添乗員のK.Mさん、ありがとうございました。医療英語も分かる人でホントに助かりました。添乗員だからって当たり前じゃないですよ。ホントに良くして頂きました。
ちなみにツアーは阪神航空のフレンドツアーです。


部屋はツアーで滞在した中で一番良かったと皆さん言ってましたね。さすが日本人ツアー客御用達といわれるホテル・スプレンディド・ベニスです。
一階のリストランテの横?にちょっとした図書スペースがあり、ソファとテーブルもあります。
翌朝、元気になった叔母を見てひと安心です。バタバタしましたが何事もなくフィレンツェへ出発できることになって良かったです。


朝、リアルト橋ののそばから水上タクシーでサンタ・ルチア駅へ向かい、そこからユーロスターでフィレンツェへ向けて出発です。(素敵なカップルを見つけてパチリ!盗撮じゃないよ。)
さようなら、ヴェネツィア。さようならMATTEO。来年は留学というかたちで訪れたいけど・・・どうかな?







母と叔母は歩き疲れたと言って食事までの間、部屋で休むというので、私だけ明日の下見もかねて街の散策に出かけました。ブラーノ島に行くつもりなので、ホテルから乗り場まで何分かかるか行ってみようと思って・・・途中でとてもカラフルなショーウィンドウのチョコレートショップを発見、お土産調達のためチェックです。


「ヴェネツィアの牢獄にはスリのような微罪の罪人から政治犯、殺人罪の重い罪の者までいたが、女の罪人は一人もいなかった。なぜなら、







